先日、19歳の男の子の撮影に伺いました。
彼は、がんと闘っていました。
お母さんからご連絡をいただいた時、病状は急激に進行しており、余命は数週間とのことでした。
依頼内容は、
「病院で家族写真を撮ってほしい」
そして、
「彼女との写真も撮ってほしい」
というものでした。
お母さんとお話しした時、正直、かなり心を揺さぶられました。
「自分に本当に撮れるのか」
そんな迷いも、一瞬ありました。
でも、不思議なことに、その数秒後には気持ちが切り替わり、
「絶対に自分が届ける」
「自分が撮りきる」
そんな強い使命感が湧いてきました。
こういう依頼をいただくたびに思います。
写真は、ただ綺麗に撮ればいいわけではない。
技術的に上手く撮るだけでも足りない。
この家族が何を残したいのか。
5年後、10年後に写真を見返した時、何を思い出してほしいのか。
どんな時間として心に残ってほしいのか。
その時間を、どう未来に残すのか。
そこが問われている気がしています。
【自分を取り戻す。】
今回の撮影で、忘れられない瞬間がありました。
抗がん剤の影響で、彼の髪は抜けていました。
もともとウィッグをつくっていました。
でも、ただ被れればいいわけじゃない。
大切なのは、
どれだけ“本来の彼”に近づけるか。
その想いに応えるために、美容師の廣田さんが細かく調整を重ねてくれました。
髪の長さ。
形。
全体の雰囲気。
過去の写真を見ながら、細かな部分まで一つひとつ丁寧に整えていきました。
そして、ウィッグを被った瞬間。
彼の表情が変わりました。
「あ、これだ」
そんな声が聞こえてきそうな表情でした。
目に、力が戻る。
表情が変わる。
そして、
自分を取り戻す。
その瞬間を、確かに感じました。
病気によって、少しずつ奪われていくものがある。
でも、その瞬間だけは違いました。
そこにいたのは、病気と闘う患者さんではなく、
“彼自身”でした。
【そこにいたのは、一人のドラマーだった。】
撮影前の打ち合わせで、お母様からこんな言葉がありました。
「できれば、ドラムを叩いている姿も撮れたら…」
彼は、軽音楽部でドラムを担当し、全国大会にも出場。
高校3年間、ドラムに打ち込んでいたそうです。
その話を聞いた時、思いました。
私にできることは、撮影だけじゃない。
この時間を最高のものにするために、
必要なことは全部やる。
そう決めて、ドラムセットを借り、撮影場所へ持ち込みました。
撮影当日。
彼は静かに、ドラムの前に座りました。
スティックを握る。
そして、叩き始めた瞬間。
空気が変わりました。
表情が変わる。
目が変わる。
その瞬間、そこにいたのは、
患者さんではありませんでした。
一人のドラマーがいました。
好きなものに向き合う時、
人は、その人らしさを取り戻す。
病気や障がいが、その人のすべてではない。
その人には、好きなものがある。
夢中になれるものがある。
積み重ねてきた人生がある。
私は、それを写真に残したいと思っています。
【私が写真で残したいもの】
今回の撮影を通して、改めて強く感じたことがあります。
写真は、ただ姿を残すものではない。
その人がどう生きたのか。
何を大切にしていたのか。
どんな人生を歩んできたのか。
それを未来に残していくものなんだと思います。
病気を撮るのではない。
障がいを撮るのでもない。
その人自身を撮る。
患者としてではなく、
障がいのある子としてでもなく、
その人自身を残したい。
私が届けたいのは、綺麗な写真だけではありません。
写真撮影という時間を通して、
その人らしさが輝く瞬間をつくること。
そして、その時間そのものを、
未来につながる大切な記憶として残すこと。
これからも、一人ひとりの人生に向き合いながら、
シャッターを切り続けたいと思います。
心に残る体験が、
その人や家族の未来につながると信じて。
























